「原爆ドームと、花画く殿様」

広島藩主、7代浅野重晟は、広島藩に自ら異国絵(南蘋画)を、藩士で絵師の岡岷山(岡利源太)と描いて、広島に初めて異国絵を広めました。
しかし、田沼政権の墜落と、将軍家と親戚であった事もあり、絵に名を残すこともなく、ただ広島城に沢山の絵を残し、縮景園も建て直しました。
重晟の死後、絵には戒名の印がつかれ、一度は絵描きとして歴史に刻まれましたが、原爆と共に絵は消失。 残ったのは、縮景園の橋だけでした。

知られざる花を画く殿様は、今は復活した縮景園に、永遠に花を咲かせています。

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