「サマリアの女(新約聖書より)by YOSHIMAX」

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  • 公開日 2020年11月27日

私自身は、聖書、イエス・キリストに関する本、著作、小説など色々読むことは多いですが、聖書解釈は様々にあるのだなあ、と感心したり、同意したり、あまり同意できなかったり、とあります。しかし、自分自身が聖書に関してメッセージを書くとなると、まったく及び腰で、すごくむずかしい、と感じます。ただ、結局は、「ただ信じよ」というのが、究極の言葉なのではないか、と。

ヨハネ福音書4:17~19
女は答えて言った、「わたしには夫はありません」。
イエスは女に言われた、「夫がないと言ったのは、もっともだ。 あなたには五人の夫があったが、今のはあなたの夫ではない。あなたの言葉のとおりである」。 女はイエスに言った、「主よ、わたしはあなたを預言者と見ます。

ヨハネ福音書に、サマリアの女が、イエスに過去を言い当てられ、それによってイエスがメシアであることを信じ、そのことを言い表すという、異邦人伝道の初穂になるようなシーンが描かれますが、これは、イエスがわれわれを見ていて、過去も知っていて、その上でメシアとして私たちを救ってくれるということだと思います。

また、ここでサマリアの女に尽きない水である恵みを与えるイエス、は、旧約時代にエリヤに食べ物を与えることで、パンの元が尽きないようになる女と呼応するものではないかと思う。神を信じる、神が遣わされた方を信じる、それは、尽きない恵みへと導かれるのである。

新約では、モーセ、エリヤ、イエスが壮大な雲の中で語らうという場面をペトロらが目撃するが、ゆえに、モーセ、エリヤは、イエスの前兆であると考えることが出来ると私は思う。

モーセは40歳のときに、民を率いて奴隷の頸木から脱出させようとするが、民はそのとき彼を神の遣わした預言者であることを信じずに、40年のさらなる奴隷生活、すくわれるまでに40年を要している。
また、エリヤに食べ物を与えた、やもめの女は、はじめ、エリヤに関わる事に消極的であり、次第に彼が神から遣わされたと信じる。
サマリアの女は、上記2人よりも、もっと、直感的に、過去を言い当てられたことで、すぐに彼が神の子、神から遣わされたと、純粋にシンプルに信じる。
サマリアの女は、その意味で、もっとも正直だ。そして、シンプルに信じることの強さ、救いを今に伝えている。

イエスは全ての人々に、信じる者に、恵みを与えるということをシンプルに記している。
目の前に現れたイエスをメシアである、とすぐに信じ切れる、純心な信仰に感心し、私自身もそうでありたいと思います。そしてこれはイエスという人格に出会ったのであろうと思います。サマリアの女は、過去に5人の夫が居た人生があり、現在は結婚はしていないが同棲している、という複雑な状況にあり、その中から生じる悩みや、相手側の嫉妬や不信のようなものにも悩んでいた可能性があります。そこで、人が知らないはずのことをすでに知っているイエスの超越した力、それを知っていてくださった存在、そして、その人生にもしかしたら不本意におちいってしまった女への同情、それゆえに解放をも与えてくださるのであるならば、恵みを与えてくださる存在であり、メシアである受肉した神の子であるに違いない、と感じたのだろうとおもう。
この後、サマリアの女がどういう人生を送ったのかも、個人的には気になるが、恵みの中に入って、イエスのみことばを生きるようになったのだろうと考えている。      

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